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猿蟹合戦

猿=豊臣秀吉、蟹=柴田勝家、臼=徳川家康だった!?

実は、この「さるかに合戦」は越前の国、今の福井県の話ではないかとされている。時代は、織田信長の宿老である柴田勝家が治めていたころである。豊臣秀吉は「猿」と呼ばれ、柴田の家に仕えていた。そして、柴田の苗字の一文字をもらい、出世の過程で「羽柴」という姓を名乗っていた。

しかし、その姓を名乗っている間に、織田信長が本能寺で横死し、信長の後継者争いを柴田勝家と羽柴秀吉が繰り広げるのである。そして、柴田は、現在の福井県福井城で切腹するのである。このとき、柴田勝家と再婚していた信長の妹「お市」も一緒に死ぬのだが、その娘たちは秀吉の元に送られる。

そして、そのお市の娘3人のうち長女の淀君は秀吉の寵愛を受けるようになるのである。そして徐々に、豊臣家を内部から瓦解させ、また、次女、三女は徳川や京極に嫁ぎ、その「豊臣秀吉=サル」を滅ぼすのである。

つまり、「蟹=柴田勝家」は、子どもがさまざまなところに嫁ぎ、そして「臼」になぞらえたどっしりした徳川家康によって、豊臣を滅ぼしたのである。越前福井は、その後も徳川家康の次男で、二代将軍の兄でありながら、豊臣秀吉の養子になった結城秀康が入るが、祟られたようにすぐに死んでしまう。

こうして、福井には豊臣系の人が来れば祟られるということから、このような話が残り、それを子どもに伝えるため、そして教訓にするために「さるかに合戦」として語り継がれたのだ。だから「あだ討ち」なのに「合戦」になっているのである。

今となっては「蜂」「栗」「馬糞」が誰なのか、どの有名な大名なのかはわからない。越前の国の人に馬糞にたとえられた大名は、複雑な思いだろう。

しかし、そのイメージに合う人は存在していたのではないだろうか。もちろん、その「馬糞」も非常に役に立つ肥料であり、なくてはならないものなのであるが……。童話から歴史を考えるのは、これはこれで面白いのかもしれない。

  

来月で25周年を迎えられる猿蟹合戦さん。ちょうどポケモンと同じくらいの歴史と思えばすごい年数ですよね!猿蟹合戦さんといえば、贅沢な完全個室で愉しむ絶品カニ料理。コロナ禍での需要増加の影響で仕入れ価格が高騰している為、蟹がリーズナブルに味わえるのは9月まで。ぜひ今のうちにご賞味ください。

本当におめでとうございます!!!

地元がもっと楽しくなる。

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